大阪地方裁判所 平成7年(モ)52818号 決定 1996年1月29日
債権者
西田明子
右代理人弁護士
山口健一
同
田窪五朗
同
原田恵美子
同
島尾恵理
同
下川和男
債務者
情報技術開発株式会社
右代表者代表取締役
内藤惠嗣
右代理人弁護士
谷正道
同
奥毅
主文
一 債権者と債務者間の大阪地方裁判所平成六年ヨ第三二九六号事件につき、同裁判所が平成七年六月五日になした仮処分決定はこれを認可する。
二 訴訟費用は、債務者の負担とする。
理由
第一申立て
一 債権者
主文と同旨
二 債務者
1 債権者と債務者間の大阪地方裁判所平成六年ヨ第三二九六号事件につき、同裁判所が平成七年六月五日になした仮処分決定(以下「本件仮処分決定」という。)はこれを取り消す。
2 本件仮処分申立を却下する。
3 訴訟費用は債権者の負担とする。
第二事案の概要
一 争いのない事実
1 債務者は、昭和四三年九月資本金一五〇万円で株式会社日本コンピューターサービスセンターの商号で設立され、昭和五九年一一月に情報技術開発株式会社に商号変更した、コンピューターのシステム開発を業とする会社である。
債務者は、平成二年一一月資本金一二億四一八〇万円に増資し、さらに平成五年一二月資本金一八億八一八六万円に増資するとともに、株式を店頭公開した。
現在、肩書地に本店を置き、関西支社その他の営業所を有し、従業員約一四四〇名、うち約五〇〇名が関西支社に勤務している。
2 債権者は、昭和五八年三月に立命館大学理工学部を卒業し、同年四月債務者に雇用され、債務者関西支社(以下「関西支社」という。)でコンピュータープログラマーとして主に貿易システムのプログラミングを担当し、昭和六〇年一二月婚姻後も勤務を継続していた。
なお、債権者は昭和五九年一月に第二種情報処理技術者試験、昭和六三年一月に第一種情報処理技術者試験にそれぞれ合格した。
債権者は、平成三年一〇月二日から平成四年一月一一日まで出産のため出産休暇、同年四月一日から同年一一月一五日まで育児のため育児休暇により休職した。
3 債権者は、平成四年一一月一五日債務者を一旦退職したうえ、同月一六日パートタイム契約を結んで(以下「本件パート契約」という。)復職した。本件パート契約の期間は、当初平成五年三月末日までであり、以後は期間を六か月とする契約の更新を重ね、平成六年九月末日を経過した。
4 債務者は、債権者に対し、平成六年九月一日付け内容証明郵便により、債権者を解雇する旨の通知(以下「本件解雇」という。)をした。
5 予備的には、債務者は、当裁判所の本件仮処分決定に対する異議申立ての審尋期日において債権者に対し平成七年八月一〇日受付の本件仮処分決定に対する異議申立書により同年九月三〇日限りで解雇する旨(以下「本件予備的解雇」という。)述べた。
二 主な争点及び主張
債権者の主張は、その仮処分申立書及び各主張書面のとおりであり、債務者の主張は、その異議申立書及び各主張書面のとおりであるからこれを引用するが、要約すると次のとおりである。
1 本件パート契約は、期間満了により終了したのか否か。
(一) 債権者
債権者は、平成四年一一月一五日ころ、債務者に対し雇用形態の変更を申し入れ、その結果一旦退職をした形でパートタイマーでの契約を締結したものであり、債務者との雇用契約は債権者の勤務時間を短縮するための便宜的措置にすぎず、平成六年九月末日の経過をもって当然終了するものではない。
(二) 債務者
債権者と債務者との本件パート契約は期限を限って締結されたものであるから、期限の到来により終了する。
債権者は、債務者と平成四年一一月一六日期限を平成五年三月三一日とする旨の雇用契約を締結し、その後、同年四月一日から右雇用契約は期限を半年として更新され、平成六年四月一日に期限を同年九月末日とする雇用契約を締結したものであり、右期限の到来により、右雇用契約は終了した。
また、債務者は、債権者に対し平成七年九月三〇日限りで雇い止めをしたものであり、右雇用契約は期限の到来により終了した。
2 解雇権の濫用
(一) 債権者
債務者の債権(ママ)に対する本件解雇及び予備的解雇は正当な理由がなく解雇権の濫用である。
(二) 債務者
債務者は業績の悪化により売上が減少し、そのため大幅な経費削減、新規採用者の減員を図り、余剰人員の削減が緊急課題となり、関西支社においても平成六年三月から同年八月までの間パートタイマーによる契約者五名との契約を終了させたものである。このように債務者においては経費削減を図るために余剰人員の削減が必要であり、債権者が従事していたシステム開発プロジェクトが平成六年八月末で終了し、九月から債権者が従事すべき仕事もなくなることから本件解雇がなされたものであり、合理的かつ正当な事由が存在する。
さらに、平成七年三月三一日決算時は、二億二四〇〇万円の赤字を計上するような著しい経営危機に瀕する状態であり、本件予備的解雇は合理的な理由がある。
3 保全の必要性
(一) 債権者
債権者は、公務員である夫がいるが、夫の収入と債務者から支払われる賃金を合わせた金額で生活をしていたものであり、生活を維持する必要から支払を必要としている。
(二) 債務者
債権者は、生計をともにする公務員である夫を有しているのであるから債務者からの賃金の支払いがなければ生活を維持できないような状態ではない。
第三当裁判所の判断
一 争点1について
1 本件疎明資料(<証拠略>)及び審尋の全趣旨によれば次の事実が認められる。
債権者は、育児休業期間終了後、正社員として復職し、勤務を続けることを強く希望していたが、子供の保育園への通園の時間等の関係から正社員の勤務時間では育児と両立することが難しい状況であった。そこで、債権者は上司と勤務時間等について相談をし勤務時間の変更や短縮の要求をしたが叶わず対応を考えていたが、上司との話合いの結果当時関西支社で実施されていた女子社員の再雇用制度を利用してパート社員として雇用することも可能であるとして、一旦は債務者を退職し、債務者は特段面接などの採用手続きをとることなく、債権者をパート社員として雇用を継続することになった。
本件パート契約における時間給は債権者の正社員当時の処遇を基準に設定され、その他の処遇は勤務時間及び給与体系が異なるものの(勤務時間は平成四年一一月一六日から平成五年三月三一日までの間は午前一〇時から午後四時まで、同年四月一日からは午前九時から午後五時までであった。)、残業及び休日に関する取り扱い、服務規律、安全及び衛生、災害補償、懲戒及び各種社会保険の適用などは正社員と同じであり、業務内容も本件パート契約後も正社員当時の資格と経験を生かし、システムエンジニアのもとでプログラマーとして正社員とともにチームを組んで稼働し正社員を含む研修などにも参加していた。
債権者は、債務者におけるパート社員の期間は平成四年一一月一六日から平成五年三月末日まで、同年四月一日からは従前一年の期間とされていたものを半年と短縮されたが、その際には特段の説明もないまま更新を重ね、その間の業務内容は変更されることなく当然に継続された。
債権者は、平成六年三月に債務者にフレックス制度が採用される予定があることを聞き及び、同制度のもとで正社員に雇用して欲しいと申し入れたが、債務者は同制度は未導入であるとして本件パート契約を更新するにとどまった。
2 前記争いのない事実及び右事実によれば、本件パート契約は期間が明示されているものの、債権者が職務について継続かつ専門性を有することを前提に契約し、更新を重ねてきたものである。したがって、債権者において雇用継続について高度の期待を抱いていたものであると認められ、債務者もこれを十分認識していたのであるから、実質的には期間の定めのない契約と異ならない状態で存在していたものであると認定できるから期間の経過のみでは当然に雇用契約が終了するものではなく、本件パート契約については、解雇に関する法理が類推され、解雇してもやむをえない特段の事情がなければ許されない。
3 債務者の反論について
(一) 本件パート契約の更新の度に契約書を作成し、契約の更新の際には雇い止めの可能性を説明し、さらには、平成五年四月一日からの本件パート契約の更新の際には契約期間をこれまでの一年から半年にすることを説明するなど債権者の了解を得ているから、債権者が本件パート契約を事実的には期間の定めのない契約であると認識することはない旨主張する。
しかしながら、債務者においてはパート社員について事務補助的な職種を対象として運用されていたが、関西支社においては六ないし七年前より技術者を対象に結婚退職後も技術を生かして働きたいとの希望を有する女性に対しパート社員として雇用していたものであるが、債権者についてはそのような運用を拡大して本件パート契約を締結したものであること(<証拠略>)、関西支社において実際女子の再雇用制度により採用されたパート社員は債権者を含め五名でうち二名はシステムエンジニアであるが、残りはプログラマーで業務内容は正社員と異なるものではなかったが、右パートタイマーにより雇用された者は債権者と同様に退職をするかパートタイマーによる契約をするか決断を迫られてパート社員の契約をしたものとは認められず、債権者の本件パート契約の雇い止めの可否についてはその締結の際の特殊事情を考慮せずに判断することは妥当ではない。
また、債務者担当者の森本秀次は本件パート契約更新の際、明確に雇い止めがなされることを説明したことはなく、契約更新の際の手続きは極めて簡便に行われてきた。他方債権者においても平成六年三月ころには債務者においてフレックスタイム制の導入がなされることを漏れ聞いて自身に適用することを強く求めていたものであることからすれば、債権者において本件パート契約が当然更新されることの期待を有していたものと判断できる(<証拠略>)。
(二) 債務者は、債権者の業務内容について、もっぱら補助的業務であると主張する。
しかしながら、債権者はシステムエンジニアではないが、約一〇年ものプログラマーとしての経歴を有し、第一種情報処理技術者試験に合格するなどその専門的な技術を有している。また、プログラマーは、その技術修得のためには最低一年以上の経験を積まなければならず、とりわけ債権者が行っていたプログラマーとしての業務内容はシステムエンジニアの作成したプログラム設計書をプログラマーが作成すべきプログラムのためのHipoを使って詳細設計図の作成を行うものであり、その専門性を否定することはできない(<証拠略>)。
二 争点2について
1 本件疎明資料(<証拠略>)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が一応認められる。
債務者の業績は、平成五年四月以降、情報サービス業界全般の不況の例に漏れず低迷し、従前に比べ業績が悪化し、二六期決算(平成五年九月一日から平成六年八月三一日)の当期利益は、三億〇五〇〇万円であったが、一方で平成五年一二月には株式の店頭公開を果たした。これは、債務者が企業としての社会的認知を受け、飛躍するためのワンステップであると認識されていた。
二七期決算(平成六年九月一日から平成七年八月三一日)の当期利益は、二億二四〇〇万円の赤字を出すに至った。この赤字は主力のソフト開発部門において汎用機系の大規模システム開発の大幅な落ち込の(ママ)影響とオープンシステム系の受注が減少したことに起因する。
さらに人件費の(ママ)売上高の比率は年々増加傾向にある。
債務者は難局を打開するために事務所の統廃合、残業の廃止、経費の削減、固定資産の売却、定期採用の縮小、業務員の配置転換、任意退職を求めるなどを行うほかパートの雇い止めを行うなどの合理化を進めたが依然非稼働人員が生じている。
しかしながら、二七期には四八名が入社しており、二八期の採用には二二名を採用し、例外的には中途採用も行われている。
また、非稼働人員は平成六年九月を境に格段の減少傾向にある(<証拠略>)。
二七期までの利益金は約一〇億五三〇四万円であり、債務者は営業成績の悪化に拘わらず二七期において役員退職慰労金として六〇七三万円を支払っている。
2 前記争いのない事実及び右認定事実によると、債務者が本件パート契約の雇い止めの意思表示をした当時、人員削減を含め相当な経営努力を要する状態にあり、合理化に取り組んでいたことは認められるが、債務者は、正社員であった債権者がパート社員となった経緯及びその後において正社員に復帰する希望を強く有することを十分認識しながら、パート契約は期間満了により当然終了するとの前提でこれを回避するための真摯な努力をすることなく、本件パート契約の雇い止めを決定したものと思料され、その後の本件予備的解雇も特段の事情が存在していたとはいえないから、その効力は生じないというべきである。
3 債務者の反論について
パートタイマーの雇い止めによる雇用調整の必要性
債務者は現在約二〇〇名もの余剰人員を抱え「営業力の強化」、「新規分野の開拓」など部門への配置転換及び業務が無い部署の自宅待機の実施、従業員に対し処遇の大幅な悪化を強いている状況である。元来パートタイマーないしアルバイトは景気調整のための弾力的、臨時的、一時的雇用であることを前提として採用されているものであり、雇用調整を実施せざるをえない事態においては、臨時的労働者において雇い止めを実施しても何ら問題を生じさせるものではない。雇用調整の必要な場合には正社員よりも先に臨時的労働者の雇い止めによりこれを実施するべきことは許されるものである旨主張する。
たしかに、臨時的雇用は雇用調整的な機能を有することを否定することはできない。しかしながら、臨時的雇用といってもその内容は千差万別であり、臨時的雇用の内容を吟味してその可否を判断しなければならない。
前記認定したとおり債権者は育児と仕事との両立が難しいことから、仕事を継続していくために、本件パート契約を締結したものであり、債務者もそのことを了解して同契約を締結したものである。したがって、債権者においては、パート社員であるがゆえに当然に臨時的労働者として雇用調整のため解雇できると解することは許されない。
むしろ、債権者の雇用契約の締結の経緯からすれば、正社員の解雇に準じて解雇してもやむを得ない特段の事情が存在するか検討しなければならない。したがって、債権者の雇い止めが許されるか否かは、企業全体の雇用量の傾向との関係において考えるべきであり、一方で新しく社員を採用しながらパート社員であるとのことで景気変動の調整弁としての役割のみ強調することは許されないと思料する。
また、債務者が揚げる関西支社における他のパート社員とりわけ、債務(ママ)者と同様にコンピューターのプログラム作成に携わっていた山口裕子、鈴木幸恵及び嘉津山美子は、いずれも当初からパートタイマーによる雇用契約を締結したものであるから債権者の雇い止めの可否について参考になるものではない。
三 争点3について
1 本件疎明資料及び弁論の全趣旨によれば、債務者における賃金の支払は毎月二五日であり、債権者の平成六年七月から同年九月までの月額平均賃金は二五万二〇九一円である。
債権者は、京都府木津土木事務所に勤務する夫と長男との三人暮らしで、夫は税込月収約三三万円を得ているが、債権者は結婚以来夫婦の収入を併せて生計を維持していることが認められる。
2 右認定事実からすると、債権者はその生活を維持するためには債務者から賃金の支払いを受ける必要があるが、その保全の範囲は夫が前記記載のとおり収入を得ていること他方家のローンの債務を負っていることなどの支出の内容など諸般の事情を考慮すると、債務者に対し平成六年一〇月から毎月二五日限り月額一二万六〇〇〇万円の仮払いを命ずる限度で理由がある。
第四結論
以上のことから、債権者の本件申立は主文一、二項の限度で理由があるから、事案の性質上担保を立てさせないでこれを認容し、その余は却下することとして主文のとおり決定する。
(裁判官 山口芳子)